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    6月4日

    6月4日

    米失業者 + 非労働力人口 = 1億人!
    http://uskeizai.com/article/206903635.html

    外資が収奪する全国モデル 政府の東北「復興」計画 農地や漁業権奪い企業化 長周新聞
    http://satehate.exblog.jp/16422946/

    累積線量を知って内部被曝防護の対策を立てる
    http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-597.html

    民主党政権では国家も国民も殺されます。竹中平蔵を原子炉に隔離せよ。
    http://2chrood.blogspot.com/2011_06_01_archive.html#4944260432611950413

    国際金融資本家の支配構造【農業編】~相手の弱みにつけ込むだけではない。弱みそのものを生み出すことから支配は始まっている!!~
    http://blog.trend-review.net/blog/2011/06/001991.html

    内部被曝対策どうする?!その2~内部被爆するとどうなる?~
    http://blog.livedoor.jp/nandeya_umeda/archives/51258523.html



    59 名前:名無しさん@3周年[sage] 投稿日:2011/06/04(土) 00:59:36.09 ID:fSQKrpfF [1/2]
    後藤田 正晴が生きてたらなあ・・・ただじゃすまないよ こりゃ

    <戦争に負けて>
    「8月15日に台北の街中で鳴った爆竹、それまで我々と一緒にやってきたと言っても、
    彼らにとって日本が負けたということは嬉しい事だったんだ。
    この時に僕は異様な感じを受けたね。
    それまで異民族に支配されるという屈辱を我々は知らなかったんだな。」

    <昭和27年:警察庁会計課長へ>
    ・後藤田は、民主党の青年代議士である田中角栄に国家予算を陳情。警察行政の近代化、
    機械化、迅速化に関する予算がおりる。

    「田中は、ある意味で努力家だった。彼は、こう言ったんだ。
    『俺は池田(勇人)とは違う。池田が役人を使うのと比べると2倍の努力を必要とする。
    池田は自分が役人出身だから、役人のものの考え方や役人の起案したものなどは、
    ちょっと目を通しただけでわかる。
    そして自在に役人を使う。おれはどういう書類でも精読しないとわからん。二倍も疲労するよ。
    それから役人を動かすんだから…』とね」
     
    …田中の決断力、判断力、行動力、そして日々の努力は、いずれも後藤田自身が
    自らに課していることであった。
    行儀やタテマエを語る事に慣れている官僚社会では見ることのできないタイプの男に後藤田は共感を覚えた。

    60 名前:Hideki Ohshima[] 投稿日:2011/06/04(土) 01:04:37.08 ID:+PvYKC/U [2/2]
    >>59
    後藤田の恐怖政治のおかげで、東京からはうまい屋台が消え、人材も枯渇しいまだに関西から頭脳をゆずって貰ってるじゃないか
    しまいにツラまでゆずって貰ってるな

    東京では、徳島はまるごと消滅させると断言されてるのもしらないようだな



    111 名前:闇の声[] 投稿日:2011/06/04(土) 09:54:49.52 ID:Zr1HMzyv [9/16]
    鳩山と言う人は、ポーズとして庶民的な雰囲気を装うが、実際にはこれ以上
    冷淡な人物はいないそうだ。
    ある処の焼鳥屋が御贔屓だが、そこに来ても周囲に冷たい壁を造って雰囲気には馴染まない。
    だから店も来て欲しくないとか・・・他の客が嫌がるんだ。
    あの眼と一緒で、トカゲが服を着て座っている感じで、だいたい言葉が変で会話が成立しない。
    人当たりがよさそうに思えるから近寄るのは多いが実際にはそうじゃない。
    弟とその点が全然違うとか。
    兄貴のそんな処を見て弟が反面教師にしたんだろうと言う人は少なくないよ。



    127 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2011/06/04(土) 11:34:38.07 ID:AlRDNnH0 [7/8]
    中川(薬)とかまた復活して来て懐かしいやら、嫌になるやら

    (薬)の初当選は新自由クラブで、社民連と政策協定結んでたんだよね
    そこには石井紘基とぺーぺーの菅直人がいて、新自クには河野太郎の父親がいたと
    因縁というか、源流は一つみたいな…

    小沢だって新進党ー自由党時代はバリバリの新自由主義者
    この時応援したのが稲盛
    稲盛は松下政経塾相談役で前原の後見人
    この前の誕生会は稲盛の仲介で前原と小沢が握手してたね
    KDDI持ち株3位の東電 勝俣会長はKDDI社外取締役と
    アレレ



    51 名前:名無しさん@3周年[sage] 投稿日:2011/06/03(金) 23:53:35.64 ID:SOCcGQOr
    孫は銀行から株式市場から1兆円騙し取って、100億円寄付する(フリをする)という大詐欺師だが、
    国民はそういうやつに騙される

    闇の声の連続ポエムもここまでくるとお笑いだけど、民主党や政権の実態を分かっていてもそれらに
    寄りかからないといけない苦しい台所事情が透けて見えるね

    54 名前:名無しさん@3周年[] 投稿日:2011/06/04(土) 00:18:34.37 ID:EVbcVLv5 [1/2]
    >>51
    今までソフトバンクの資金調達(借入や増資)にどこの金融機関が協力してきたか
    調べれば見えてくるよ。
    今後、GS以外で金主になるところが出てくるかも注目だ。
    HSBC含む中華系が加われば無敵だね。

    55 名前:名無しさん@3周年[sage] 投稿日:2011/06/04(土) 00:31:41.57 ID:ncXB9IOd [2/2]
    >54

    HSBCは香港の発券銀行の一つだけど、中華系には
    含まれないのでは?

    もっともイギリスの本社はシティを脱出して本社を海外
    に移転する噂があるようだけど。

    133 名前:名無しさん@3周年[sage] 投稿日:2011/06/04(土) 11:59:56.26 ID:MZnpZ+Wt [1/2]
    >>55
    HSBCはサスーンだよ。
    東インド会社からアヘン専売権を取得して中国に売って香港を手に入れ、
    今でもHK$の印刷屋であり、明治維新と日露戦争の金主であり、
    日本から投資を引き揚げてABC包囲網を作って大東亜戦争に突入させたサスーンだよ。

    想像だけど、ユダヤ系閨閥の資料を提供して広瀬隆氏に「赤い盾」を書かせて
    やたら「ロスチャイルドvsロックフェラー」の対立構図を喧伝したり、
    共和党政権に某後藤さんを引き渡して米帝に日本のヤクザを調査させ
    古歩道氏に「ヤクザリセッション」を書かせたりしてるのはサスーンじゃないか、
    闇氏が命が惜しいと言って語らない「半グレ系組織」のご本尊じゃないか、
    とか自分は根拠もなく勝手に思ってる。

    これはまともだった頃の山田さんちの
    http://shadow-city.blogzine.jp/net/2007/12/hsbc_bfd4.html
    http://shadow-city.blogzine.jp/net/2008/04/post_5afe.html

    134 名前:名無しさん@3周年[sage] 投稿日:2011/06/04(土) 12:07:05.74 ID:MZnpZ+Wt [2/2]
    で、証拠は何もなくて直感による結論だけ書くけど、
    孫さんがバックなんじゃなくて孫さんはフロントエンドで、
    バックはサスーンなんじゃあるまいか?

    一行居士の旦那もその気がおありなら注意して調べてみて。
    サスーンは一度血脈が途絶えていて混血集団らしく閨閥が明らかになってない。
    自分の雇い主だったりするかもしれないから要注意。



    HSBCが台湾で銀行買収

    サブプライムローンでは名前を聞かないなぁ、と思ったら、台湾あたりで破綻した銀行を買収したりしていたらしい。例の、「世界一の銀行」香港上海銀行なんだが、どっかで聞いたようなストーリーなんだが、

    台湾の中央存款保険(預金保険機構に相当)は14日、1月に管理下に置いて経営破綻処理を進めていた域内下位行の中華商業銀行について、英銀最大手HSBCが事業を継承すると発表した。台湾当局は474億台湾ドル(約1650億円)の公的資金で不良債権を処理したうえで譲渡し、HSBCはさらに3億―4億米ドルの資金を注入して経営を健全化する。

    なんか、うまく立ちまわってカネを使わずに大きな銀行を手に入れたらしいね。支店が一気に47店に増えるそうだ。まぁ、アレだ、名前が「香港上海」銀行というくらいで、もともと極東アジアには強い。なんせ香港では香港ドルを発行している銀行だ。しかも最近では業績が好調で、「ほぼ全世界」を活動地域としてカバーする世界で唯一の銀行とまで呼ばれている。また、時価総額規模では、アメリカのシティグループ、バンク・オブ・アメリカに次ぎ世界第3位(ヨーロッパでは第1位)。2006年半ばの業績発表で総資産ではシティグループを抜いて世界最大。というわけで、名実ともに世界一の銀行だし、サブプライムローンで大損したという話も聞かないので、シティやバンカメの時価総額を超えたかも知れないね。

    で、日本ではあまり知られてないんだが、この香港上海銀行ことHSBCは日本橋にも日本店がある。個人の客なんて相手にしてないが、銀行を相手にカネを売ったり買ったり貸したり借りたりしているらしい。で、むかしむかしのお話なんだが。

    ホンシャンの本店が上海にあった。その最上階がサッスーンハウスと呼ばれて、オーナーのサッスーン一族の住居だったんだが、今では和平飯店という名でホテルになっている。名物は和平飯店老年爵士楽団という戦前からの生き残り爺さんたちのジャズバンドだったりするんだが、さすがにもう死に絶えたかな? こちらで演奏が聴けます。ちなみにミュージシャンのかまやつひろしの父親は上海のジャズミュージシャンで、かまやつの初舞台は戦前の上海で、幼児ながらにタップダンス踊ってたという話もあるんだが、あの人、意外に年寄りです。

    で、サッスーン一族というのはメソポタミア出身で、インドに出て阿片取引で財を成し、上海、香港で主に阿片売買によって資産を築いた。もちろんユダヤなんだが、あくまでも本拠地はアジアだ。こちらのサイトに歴史が出ている。で、上海閥ではジャーディン・マセソンがグラバーという工作員を送り込んで坂本龍馬を操ったりしているんだが、サッスーン一族も日本との関係は古くて、明治政府の財政顧問なんてのをやってるわけだ。一般的にはサッスーン家はロスチャイルドだと言われるわけだが、縁戚関係にあるものの、イコールではない。あくまでも、アジア系ユダヤ人という位置づけだ。で、神戸にはつい最近まで末裔が住んでいたんだが、相続税が高いので腹を立てて逃げちゃった、という事になっている。また、香港上海銀行の経営権も、サッスーン家からインドの財閥に移ったとか言われるんだが、サッスーン家がどこに消えたのかは、おいら、知りません。誰か知っていたら教えてください。

    で、かつて、1930年代、東洋一のビルと呼ばれた香港上海銀行本店の最上階には、オーナーの住居があったわけだ。そして現在、東京日本橋のHSBC最上階にははたして何があるのか? 実は、空っぽなんだな。まったくの空き部屋になっていて、たまに、そこに現代美術のコレクションが並べられて、ニヤニヤと眺めているオッサンがいるわけだ。その部屋は彼の「プライベート・ミュージアム」だそうだ。まぁ、どう考えてもシャンハイユダヤの末裔なんだが、そういえばベンジャミン・フルフォードなんぞもアレでナニなので、ロックフェラーに対抗するアジアの裏社会というのが、まぁ、そこら辺にカギがあるのではないか、なんぞと考えるわけだ。なんせ、香港上海銀行というのは阿片取引のために作られ、大きくなった銀行だから。たとえ話をするなら、関東二十日会と首都圏進出を狙う山口組といったところだな。


    投稿日 2007/12/16 | リンク用URL



    菅被告の裁判は負け。公民権停止、豚箱へ-----「あいつが(韓国籍だと)知らないわけないだろ」 (Unknown)
    2011-06-04 00:24:21
    真偽はともかく、K氏にしてみれば、菅首相のために尽力してきたのだろう。そして互いにその存在を利用してきたはずだ。
    ところが、違法献金だと報じられるや否や、一方的に「逃げてくれ」と頼まれ、「何でもします」と言われたのに、その後は放置されたまま。挙句、今度はこれまでの関係の清算に動いたことになる。決算委員会の答弁では「釣りに行って、食事もした」と認めているのに、翌日には「会っていないことにしてくれ」と頼みごとをしたというのだ。
    「地震発生直後はミョーに自信を座らせていた。ところが、首相が指示しても東電は悠長な態度を取るばかり。十一日夜頃から首相は怒声を飛ばすようになった。K氏にも興奮状態のまま、電話したのでしょう。キャパシティーを超えて正常な判断ができなくなっていたのです」(官邸担当記者) 

    鈍カンすぎる菅首相も二度目の電話以降は不謹慎だと察したのだろう、その後は元政策秘書のI氏がK氏とやり取りしていたようだ。すでに、百四万円の献金はK氏に返金したという。
    だが、あまりに独善的な首相に対し、憤憑やる方ないK氏は、周囲にこう愚痴をこぼしている。
    「あいつのために逃げてやっているのに、何も言って来ない。本当に情けないヤツだ。Iの野郎も電話に出ない。俺は家にも帰れない。なんで俺だけ迷惑かけられないといけないんだ」 
    K氏に取材を申し込もうと、会社や自宅に足を運んだが、「(取材は)お断りしています」。K氏の携帯電話を鳴らし、取材依頼のメールも送ってみたものの、最後まで返事はなかった。
     
    一方、菅首相は事務所を通じて、口止め電話やK氏との関係について、こう回答した。
    「K氏に電話をかけた事実はなく、『とにかく逃げてくれ』『過去も現在も未来も会っていないことにしてくれ』と頼んだことはありません。献金をどのような状況で受け取ったかについて、菅には明確な記憶がありません。しかし、菅が『まずいよ』と述べるような状況でなかったことは、収支報告書に適正に記載していることから明白です」 

    だが、K氏本人が最近もこう嘯(うそぶ)いている。

    「あいつが(韓国籍だと)知らないわけないだろ」 

    都合の悪い事実には口止めをして、知らないフリをし続ける――その卑怯な姿は、首相が「バカ野郎」とこき下ろす東電と何ら変わりがないではないか。
    http://tiltmax.iza.ne.jp/blog/entry/2231810/



    Unknown (Unknown)
    2011-06-04 03:36:52
    原口の パトロンは、孫正義(そんまさよし)である。総務大臣をやっているときに、簿簿襤褸(ぼろぼろ)にボロが出た。 孫正義が、放射能の過剰な危険を煽(あお)りまくっている。

     孫正義が、在日暴力団の大親分であり、この真の恐ろしい顔を知らない、ネット人間のガキたちからは、「孫さん、すばらしい。坂本竜馬の再来だって」などと 持ち上げている。孫に叩き潰されて、何十人も死んだ、旧郵政官僚とNTTの幹部たちは、今や貧乏極まりないNTTの労組の作業員たちと孫に対する恨(うら)みが、骨髄に来ている。
    投稿者:副島隆彦
    投稿日:2011-06-02 20:39:24

    http://www.snsi.jp/bbs/page/1/

    ソフトバンク・・・金儲けのためなら人も殺す会社とは
    http://www.nikaidou.com/archives/9702

    北朝鮮関係の不良債権処理で出張した大阪でトラブルに巻き込まれた本間頭取の遺体は、HS証券の野口副社長の“自殺”のときのようにすぐ火葬されてしまったとのこと。本間頭取の隣室に泊まっていたオペラ歌手・タレントの森公美子氏が隣の部屋が騒がしくて叫び声まで聞こえるとホテルのフロントにクレームを入れていたのに、その状況証拠には誰も触れずじまい。



     ◎書評 ブックレビュー しょひょう BOOKREVIEW 書評◎
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    河本大作は利用されたのであり、背後にはコミンテルンの謀略
     張学良は父親殺しがばれないよう爆破実行犯を闇に葬っていた

      ♪
    加藤康男『謎解き 張作霖爆殺事件』(PHP新書)
    @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

     待望された本がでた。
     張作霖暗殺の真犯人は誰か? ミステリー仕立ての歴史クイズのような題名だが、中身は資料の検証と徹底研究。この著作の出現で張作霖暗殺のこれまでの解釈が大きな間違いであることを読書人は知らされる。
     とくに『歴史探偵』を自称する無知暴走の半藤一利とか、ミクロにこだわって大局観のない秦某、保坂某らはグーの音も出なくなるだろう。いや、かれらはこの本を無視して黙(だんま)りを決め込むだろう。
     それほど決定的なのである。
     河本大作が張作霖爆殺の『真犯人』というのは、本人が拡声器のように吹聴し、手柄にしたからで、戦後もそれが一人歩きした。事件後、河本はひそかに英雄視され、軍法会議にもかけられず、遺族も信じ切った。かつ河本は山西省に石炭企業の幹部として戦後も居残り、ついにはシナの捕虜となったが東京裁判への出廷はなかった。供述調書には曖昧な点が多く、また矛盾しているため連合国側もまずい、と判断したからだろう。
     戦後しばらくして『文藝春秋』に掲載された河本の手記なるものは、本人がしゃべったとされるシロモノ、信憑性に問題がある。
     従来の「定説」を革命的に突き破ったのはユン・チアンの『マオ』(講談社)だった。
    あれはソ連がやったと断定したのだ。
    突破口となったのは冷戦終焉とともにソ連が崩壊し、飛び出したKGBの秘密書類だった。
    すなわち張作霖爆殺はコミンテルンの謀略の一環であり『日本軍の犯行に見せかける』様々な偽装工作と政治宣伝とが、同時に仕組まれていた。
     その謀略に踊らされたのが河本一派であり、さらに言えば河本の仕業と誤認した関東軍であり、いや、もうひとりコミンテルンに結局は手の上で踊りをすることになった張学良である。

     黄文雄さんがおもしろい指摘をしている。
    「中国の歴代皇帝206人のうち、じつに63人が親兄弟従兄弟縁戚によって殺されている。だから張作霖という中国東北地方の『皇帝』が謀殺されたと聞けば、真っ先に疑うのは家族身内眷属であり、したがって張学良が一番怪しいのです」。

     本書は、その張学良への疑惑が基調となっている。断定はしていないが読後感では強く、この独裁者の息子の存在、前後の不振な行動に大きな疑惑が残るのである。
     ざっとおさらいをしておこう。
     瀋陽駅の手前一キロの地点、満鉄と交差する要衝で、張作霖の乗った特別列車は爆破され、貴賓室、食堂車装備の車両の天井が大破したが、河本らがしかけたと主張する線路脇の壁であるとすれば、レール路に大穴があいたはずである。
    残された現場写真は、無惨に天井が吹き飛んだ張作霖の乗った列車がさらされているが、レール路に穴はあいておらず、ちょうど満鉄とクロスする満鉄側のレールが下へおちている。
     だから現場を精密に観察し、見取り図をのこした日本領事館の内田五郎領事は次の報告書をまとめていた。
    「爆薬は橋上地下または地面に装置したものとは思われず、結局爆薬は第八十号展望車後方部ないし食堂車前部付近の車内上部か、または橋脚と石崖との間の空隙箇所に装置せるものと認めたり」(昭和三年六月二十一日付け)。
     
    つまり、河本らの仕掛けた爆弾は破壊力が散漫で、かつ誘発爆発だった可能性がある、と著者は示唆する。
    しかも列車は意図的に速度10キロに落とされていた。
    このことを当時の日本領事館が克明に報告書にしていた。にもかかわらず半藤某、秦某、保坂某は、この「都合の悪い歴史的資料」を一切無視した。
     本書の強みはロシア語からの新資料、ブルガリア語の書籍による傍証に加えて、もう一点の決定打がある。
    それは加藤氏がロンドンのアーカイブへ一週間かよいつめ、ついに見つけ出した資料だ。MI6が日本側の分析した資料を入手していたのだが、現場地図解説の資料の発見により、河本単独説は潰える。
     関東軍の犯行説は『コミンテルンにうまく利用されて犯人に仕立て上げられた』のであり、真犯人は蒋介石のエージェント、ソ連、そして張学良に絞り込まれるが、事件から半年後、張学良は(犯行を実践した疑いが最も濃厚な)楊宇挺と、常蔭塊のふたりを「新年会だ。麻雀をしよう」と偽って呼び出し、「反乱容疑」をでっち上げて暗殺した。その秘密保全のための事後処理ぶりからも、もっとも疑わしいことが分かる。
     こうして疑惑の張作霖爆殺の真相は、事件から83年目に露呈した。



    アメリカ:闇の支配構造と略奪戦争

    252480 戦前のユダヤと日本1~中国の阿片市場を日本と分け合ったサッスーン商会
      山澤貴志 ( 46 鹿児島 ITコンサル ) 11/06/04 AM01 【印刷用へ】

    戦前の日本は、ユダヤに深入りし、結果的に失策につぐ失策を重ねていった。その過程をみてみよう。ユダヤは日本に武器を売りつける一方で、中国には阿片を売りつけて、アジアの弱体化と戦乱化を煽っていた。しかも、欧米に毒された日本人の支配階級は中国への軍事的侵攻と阿片ビジネスの片棒を担ぐことになる。その見返りに日英同盟を与えられた。この阿片利権を媒介にロスチャイルドと日本の支配階級のズブズブな関係がつくられていくことになる。

    リンク 

    有名な「アヘン商人」といえば、中東出身のユダヤ人デビッド・サッスーンが挙げられる。彼は1832年にインドのボンベイで「サッスーン商会」を設立し、アヘンを密売し始めた。イギリスの「東インド会社」からアヘンの専売権をとった「サッスーン商会」は、中国で売り払い、とてつもない利益を上げ、中国の銀を運び出した。やがて、清国がアヘン輸入禁止令を出したことに端を発した「アヘン戦争」(1840年)が勃発。敗れた清国は、南京条約により上海など5港の開港と香港の割譲、さらに賠償金2億1000万両を支払わされ、イギリスをはじめ列国の中国侵略の足がかりをつくることになる。

    日本は、「アヘン戦争」以降のイギリス、フランスなどが清国に対して行使した軍事力の強大さに驚愕し、開国維新を断行して西洋近代文明への“改宗”を行なった。しかし、清国はいつまでも中華思想にとらわれて、現実を直視できず、やがては新興帝国である日本に敗北する(日清戦争)。

    1894年に「日清戦争」が勃発すると、「シェル石油」の創業者であるイギリスのユダヤ人マーカス・サミュエルは、日本軍に、食糧や、石油や、兵器や、軍需物質を供給して助けた。そして戦後、日本が清国から台湾を割譲されて、台湾を領有するようになると、サミュエルは日本政府の求めに応じて、台湾の樟脳の開発を引き受けるかたわら、「アヘン公社」の経営に携わった。日本が領有した台湾には、中国本土と同じように、アヘン中毒者が多かった。日本の総督府はアヘンを吸うことをすぐに禁じても、かえって密売市場が栄えて、治安が乱れると判断して、アヘンを販売する公社をつくって、徐々に中毒患者を減らすという現実的な施策をとった。

    サミュエルは、これらの大きな功績によって、明治天皇から「勲一等旭日大綬章」という勲章を授けられている。サミュエルは、イギリスに戻ると名士となった。そして1902年に、ロンドン市長になった。ユダヤ人として、5人目のロンドン市長である。この年1月に「日英同盟条約」が結ばれた。

    アメリカ:闇の支配構造と略奪戦争

    252481 戦前のユダヤと日本2~シベリア鉄道と日露戦争に投資したロスチャイルドとヤコブ・シフ
      山澤貴志 ( 46 鹿児島 ITコンサル ) 11/06/04 AM01 【印刷用へ】

    阿片ビジネスを媒介に中国に侵攻したユダヤは、もう一方でロシア投資も進めていたが、ロシア帝政がその行き詰まりから反ユダヤに転ずると、日本に接近し始めた。満州経営に熱心だった日本はこのユダヤの両面戦略に乗せられていくことになった。

    リンク 

    「日清戦争」勝利後、日本は、帝国ロシア南下政策と中国の権益をめぐって「日露戦争」(1904年)を行なった。しかし、日本はわずか1億7000万円の予算しか持っていないので、戦費を海外から調達しなければならなかった。当時の日銀副総裁の高橋是清(たかはし これきよ)が日本の公債の買い手を求めて絶望的な気持ちで欧米を駆け回っていたとき、ロンドンで日銀創立の功労者であったシャンドと出会った。そのときシャンドは、ユダヤ系投資銀行「クーン・ローブ商会」を率いるヤコブ・シフを高橋是清に紹介し、ヤコブ・シフは当時2億ドル(現在の1兆円)の公債の引き受けをした。

    その動機について、高橋是清は自伝の中で、「ヤコブ・シフは、帝政ロシアのもとで、ユダヤ人は差別を受け、国内を自由に旅行すら出来ず、圧制の極に達していた。そこで、日本に勝たせ、ロシヤの政治に一大変革を起こし、ユダヤ人がその圧制から救われることを期待していた」と述べている。

    しかしユダヤ人は最初からロシアと関係が悪かったわけではない。

    『シベリア鉄道』の建設に携わり、戦闘態勢を整えた点でロシアに大きく貢献し、また自らロシア軍兵士として戦った。(日露戦争に動員されたユダヤ人は3万3000人で、これは満州におけるロシア軍の約6.6%、このうち約3000人が戦死した)『シベリア鉄道』はロシアの軍事・経済の拡大に大きな弾みをつけ、日本との対立を早める要因となった。この鉄道は、国外から巨額の資金調達によってまかなわれたが、その中の一つがフランスの『ロスチャイルド銀行』である。ロシア政府の奨励により、ユダヤ人事業家は『シベリア鉄道』の沿線に居住した。

    けれども1894年に政権を握った皇帝ニコライ2世は、彼の政権を脅かすほどの民衆の不信感に直面し、その打開策として、彼は民衆の怒りを『内の敵(ユダヤ人)』と『外の敵(日本人)』に向けようとした。」歴代の皇帝はロシア正教に改宗しようとしないユダヤ人を圧迫し始めた。

    19世紀末から20世紀初頭にかけて、帝政ロシアでは激しいユダヤ人虐殺(ポグロム)が進行した。ヒトラーによるユダヤ人迫害が発生するまで、帝政ロシアは、間違いなく、ユダヤ人が最も大量に殺された国であった。

    1905年、「日露戦争」で東洋の島国・日本が勝利すると、全世界のユダヤ人が狂喜した。今日のイスラエルの国歌「ハ・ティクヴァ(希望)」の歌詞を書いたユダヤ詩人ナフタリ・インベルは、日本勝利の報せをきいて、明治天皇と日本国民を称える詩を発表した。有名なミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』の原作者であるユダヤ人文学者シャローム・アライヘムは、1905年にワルシャワで「日露戦争」に題材をとった喜劇を発表し、日本の勝利を称えた。

    アメリカ:闇の支配構造と略奪戦争

    252490 戦前のユダヤと日本3~満州経営におけるユダヤと日本の決裂=ハリマン事件
      山澤貴志 ( 46 鹿児島 ITコンサル ) 11/06/04 PM00

    日ユ共同で満州経営を進める密約を結ばされていた日本だが国内世論がそれを許さなかったことから、日ユの対立が引き起こされた。アメリカユダヤのハリマン事件であり、ここから日米の関係が悪化していく。

    リンク 

    ヤコブ・シフが日本を援助したのと同時に、戦後の満州経営について、日本政府とユダヤ財閥との間に秘密の取引きが行なわれていた。

    秘密取引きの内容を具体化するために、ポーツマスで日露の講和会議が開かれている最中、ユダヤ系アメリカ人の鉄道王エドワード・ハリマンが、クーン・ローブ・グループの代表として来日したのである。当然、南満州鉄道の日米共同経営についての話し合いが目的だった。

    「ポーツマス講和会議」では、ロシアの代表ウィッテの巧みな外交戦術により、日本の代表小村寿太郎は、赤子が手をひねられるように屈し、戦勝国でありながら日本は、領地をほとんど手に入れることが出来ず、賠償も権益も得るところわずかであった。

    一方、ハリマンは、小村寿太郎が「ポーツマス講和会議」で留守中に、桂太郎首相と南満州鉄道の日米協同経営の予備協定を10月12日に結んだ。

    その後、10月15日に帰国した小村寿太郎は、桂内閣の予備協定の決定を聞くに及んで、烈火のごとくに怒った。桂内閣はこの要望を入れて10月23日、アメリカ側に予備協定の「破棄」を通告した。

    ハリマンは烈火のごとくに怒り、ただちに翌年の8月に腹心のウィラード・ストレイトを奉天領事に送りこみ、徹底して日本の利権とアメリカ人の利権とを衝突させていった。

    この時、ハリマンは次のような言葉を言い放った。「日本は十年後に後悔することになるだろう!」これが有名な「ハリマン事件」である。

    屈辱外交官として、いったんは政治生命を絶たれた小村寿太郎は、この事件後、「南満州鉄道を救った男」として名誉を回復した。しかし、歴史はハリマンの予告通りに動いていく……。それ以後、満鉄を中心として日本とアメリカの対立が深まり、その関係がこじれていった。そして1921年の「日英同盟」破棄以降、両者の対立は決定的なものとなり、やがて日本は英米との関係を断ち切り、ドイツとの協定にのめりこんでいったのだった。

    1909年春、ハリマンは再び動いた。3月、ルーズベルトに代わってウィリアム・タフトが大統領に就任すると、アメリカの対日政策は、反日に変わった。

    「ハリマン事件」後、少しギクシャクする時期があったが、ヤコブ・シフと高橋是清の交友関係は続いたが、高橋是清は「2・26事件」で青年将校達に射殺(暗殺)され、ヤコブ・シフはその16年前(1920年)に、73歳で没していた。この2人の死によって、日本とユダヤの関係は“新たなステージ”を迎えることになる……。

    金融の天才だったヤコブ・シフの死後、「クーン・ローブ商会」は支配力を次第に失い、1929年の世界大恐慌で打撃を受け、没落していくことになる。現在は同じドイツ・ユダヤ系の投資銀行「リーマン・ブラザーズ社」と合併している。

    アメリカ:闇の支配構造と略奪戦争

    252491 戦前のユダヤと日本4~それでもユダヤにしがみついた日本の愚=「フグ(河豚)計画」
      山澤貴志 ( 46 鹿児島 ITコンサル ) 11/06/04 PM00

    日本の満州投資を支えたヤコブ・シフは去り、日本は反ユダヤ国家ドイツとの関係を深めていったが、その一方で、満州経営に熱心な一派は必死にユダヤにしがみついた。しかし、もはや反ユダヤ国家ドイツと近い日本をユダヤ世論も後押しすることはなく、日本のユダヤ利用論は失敗に終わる。

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    「日露戦争」でユダヤ資本から「恩」を受けながら、満州の共同経営の約束を破った日本は、独自の満州経営に乗り出し、あげくの果ては1931年の満州事変に至るドロ沼にはまりこんでいった。が、日ユ関係を回復する大きなチャンスがめぐってきていた。1930年代、ドイツで迫害を受けたユダヤ人達が、シベリアを経由して満州へ洪水のごとく流れてくるという事件が起きたのだ。

    他方、日本政府は、アメリカからの工作機械やその他の輸入を全く受けられないため、日本の満州経営は大きな壁にぶつかっていた。そのために、欧米のユダヤ財閥資本と経営技術を必要としていた。そこで、ユダヤ資本との対立関係を回復する為に、この難民ユダヤ人達を保護し、満州にユダヤ人国家を作る計画があった。この計画は「フグ(河豚)計画」と呼ばれた。

    新興日産コンツェルンを率いていた鮎川義介は、1934年に、外務省より『ドイツ系ユダヤ人5万人の満州移住計画について』という論文を発表した。彼は、ドイツ系ユダヤ人5万人を満州に受け入れ、最終的には100万人を移住させ、満州にユダヤ人国家を作ることで、アメリカの歓心を買い、対ソ連への防波堤にしようと考えていたのである。

    1936年、鮎川義介が関東軍の後援で渡満し、「満州重工業開発株式会社」を設立したことにより、「フグ計画」は国策レベルに浮上した。

    しかし満州のユダヤ人たちは日本と協力する用意があったのに対して、「米国ユダヤ人会議」の議長スティーブン・ワイズ博士率いるアメリカのユダヤ人は反日的であった。ワイズ博士は、日本が世界のファシズムの最も危険な中心の一つだと考えていたのである。

    そして日本は、翌年12月8日に真珠湾を攻撃して日米戦争へ突入していったのである……。

    アメリカ:闇の支配構造と略奪戦争

    252497 戦前のユダヤと日本5~蒋介石軍の戦費を賄ったサッスーン商会
      山澤貴志 ( 46 鹿児島 ITコンサル ) 11/06/04 PM03

    ユダヤは日本の資金源を絶っただけでなく、中国を支え、アメリカの反日感情を煽った。ロスチャイルド=サッスーンによって日本は中国侵攻をはじめたが、結果的にロスチャイルド=サッスーンによって敗戦に追いやられたのである。それにしても無能な日本の支配階級であるが、その後も、ロスチャイルドには頭が上がらない。それはどうやって阿片ビジネスで得た利益を隠遁するかにしか関心がなかったからではないかと思われる。

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    1937年から始まった支那事変(日中戦争)は約8年にもおよんだ。当時貧しかった中国にあって、中国国民党・蒋介石軍は強大な軍事力を投入する日本軍とよく戦った。それは、蒋介石軍の兵器、装備、兵たん部が充実していたからであり、それら大部分の戦費が、ほぼすべてユダヤ財閥「サッスーン」から出されていたからである。

    「サッスーン家」はアヘン密売で莫大な富を築いた一族で、並みいるユダヤ財閥の中でも、ケタはずれの財産を保有する、屈指の財閥であった。(サッスーン家は、英ロスチャイルド家の東アジア代理人であった)。彼らは当時、上海を東洋進出への最大の本拠地と考えていた。だからこそ、莫大な資金をつぎこんで蒋介石軍を支え、日本を中国大陸から追い出そうとしたのである。

    そしてその背後にはアメリカにおいて「親中反日」のキャンペーンをはったメディアの存在がある。その中心人物は、ヘンリー・ルースというユダヤ人であった。彼は雑誌『タイム』 『ライフ』 『フォーチュン』 『スポーツイラストレイティッド』をつくり、ことごとくアメリカの雑誌文化の原点を築き、「一代でアメリカの雑誌ジャーナリズムを築いた男」と評されていたユダヤ人である。中国山東省で生まれ育った彼は、大戦中、「チャイナ・ロビー」のボスとして、その資金源となって懸命に中国を支援した。蒋介石夫妻を「自由中国」の象徴として絶賛し、蒋介石夫人の宋美齢をアメリカに呼んで一大ヒロインに祭り上げるなどして、親中反日のキャンペーンを大々的に展開し続けたのである。1936年に誕生した彼の雑誌『ライフ』は、フォト・ジャーナリズムを駆使した斬新な手法で、創刊とともに世界中のジャーナリズム界に衝撃を与えていたが、1937年に日中戦争が始まると、日本を悪玉にする有名な写真=「ガレキの中にたった一人ポツンと取り残された赤ん坊」(上海で撮影)を掲載し、この写真は何千回とコピーされ、欧米社会に「日本=悪」のイメージを定着させた。

    「この男(ヘンリー・ルース)によって、1930年代から『真珠湾』に向かうアメリカの世論は『反日・親中国』に変えられたといっても誇張ではない」といわれている。

    ヘンリー・ルースが創業した「タイム・ライフ社」は、1989年に「ワーナー・ブラザーズ」を吸収合併し(「タイム・ワーナー」の誕生)、現在、世界最大の総合メディア企業になっている(売上高268億ドル、社員数7万人)。

    ちなみに、ルーズベルト大統領も強烈な「親中反日主義者」で、中国を溺愛し、日本人を“劣等人種”として激しく差別していたことで知られているが、彼の母方の実家であるデラノ家は、サッスーン家と同じく中国へのアヘン貿易で財をなしたファミリーであった。



    小泉政権が原発利権の円滑さを確保するために保安院を作った

    「保安院が実行犯であり主犯」

    作業員に無防備のまま殺人的被曝を強いるのは常に保安院です。JCO臨界事故でもそうでした。
    そうしておいて常にデータを改ざんして発表し自分の犯行の証拠隠滅をはかります。データが改ざんできなければ基準値を改ざんすることさえためらわない、根っからの悪党殺人者集団が保安院官僚・御用学者ども東大閥法匪連中です。テロ組織オウム真理教教団とまったく同じ構造の犯行ですね。

    かつて自ら「官僚はバカばっか」とこき下ろした対象である霞ヶ関に、首相になったとたん「日本の優秀な官僚に全面的に依存して政治する」と手のひらを返す二枚舌で公言した菅直人は、官僚組織が泥棒稼業で稼いだ談合利権の巨額さに目がくらんで自分も汚い手を突っ込んで私腹を肥そうと浅ましくも共犯者宣言をした確信犯の共犯者です。
    今回の福島原発メルトダウン事故処理に関しては保安院と菅内閣は対等の立場で共謀して強盗の主犯となっています。もうけも半分ずつ私腹へ入るように、震災被災者救援そっちのけでせっせと犯行証拠を隠滅する事後法つくりにだけいそしんでいるのです。その間政府の災害対策によって現実に窮地から救い出された被災者の数はゼロなのです。

    人の道を踏み外して最下層の餓鬼道へ転落した者たちが発する酸鼻極まる腐臭の害毒が、日本の美しい国土にチェルノブイリを越える高濃度放射能汚染の救いのない阿鼻叫喚地獄を現出させたのです。

    私はこの放射能テロ無差別殺人常習実行者である保安院を法の下に厳正に裁くことこそが日本の復活に絶対必要であると考えています。
    このテロ集団は常に証拠隠滅を図っていますから即逮捕が必要でしょう。
    確信犯の共犯者である菅内閣も被災者救援そっちのけで自らの犯行の証拠隠滅に余念がないのでこちらも同日逮捕勾留する必要があるでしょう。
    証拠隠滅政治など許されるわけがありません。

    米国の国益のみしか働かなかった小泉こそ日本最大の国賊者であることに異議を受け付けません。

    2011/06/03(金) 22:25:39| URL| 保守こそ国賊者なり #- [編集]



    「菅さん、本当にそれでいいんですか」 ホームレスになったかつての同志が激白
    2011-06-04 | 政局
    産経新聞 より
    http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110604/stt11060419310003-n3.htm



    「菅さん、本当にそれでいいんですか」 ホームレスになったかつての同志が激白
    2011.6.4 19:29



     急速に求心力を失いつつある菅直人首相の姿は、かつての同志の目にどう映るのか。過去に首相と政治行動をともにしながら、現在は明暗分かれて横浜市でホームレスとして暮らす田上等さん(61)に聞いた。(村上智博)

                   ◇

     菅さん、内閣不信任決議案の否決ではあざとい手法で首がつながりましたが、本当にそれでいいんですか。「してやったり」と思ったのでしょうが、鳩山由紀夫前首相との辞任合意をほごにし、すぐに「辞めることを約束したわけではない」と言うなんて…。

     ペテン師と呼ばれて当然です。すぐにばれる嘘なんてしゃれになりませんよ。粘って時間稼ぎをしていればそのうち世論も付いてくると甘く考えていたふしがあるけれど、そんな延命策には誰もついてきやしません。いよいよ菅さんによって、日本の民主主義が壊されていくと感じました。

     東京電力福島第1原発事故で何でも東電のせいにしたり、東電本店に怒鳴り込んだりしたのは、あなた独特の「合理性」からですね。みんな自己責任だと思っている。20年ほど前に私が自己破産したときも「自分の家を取られた不始末はお前の責任だ」と血も涙もなく突き放されました。それでも弁護士費用を立て替えてはくれましたが…。


     あなたと出会ったのは、市川房枝元参院議員の選挙を手伝ったとき。あなたが選対本部事務局長で私が会計責任者。4つ年上で頼もしく見えましたが、当時から国家観や哲学なんてものはありませんでした。

     昭和51年の衆院選に初めて臨んだ際は私が選対本部事務局長を務め、次に参院選に挑んで惨敗した後、次はどうするのか語り合いましたね。あなたは「たとえ応援してくれる人がいなくなって、おれ独りになってもやる」と強気でした。

     いま、民主党内や野党からの「辞めろ」の大合唱にもめげない厚顔無恥な彼の姿に通じるものがあります。一度手にしたものは絶対、手放さない人です。

     あなたは落選中、社会市民連合の代表となりましたが、口の利き方にはほとほとあきれていました。日ごろ手足となり応援してくれる年上の市会議員が事務所にきても、なぜか敬意を払おうとはしない。だから話はちっとも和まないんです。要は処世術がないのだと思います。

     昔から、よく怒鳴っていました。そのくせ都合が悪くなると「田上く~ん」とすり寄ってくる。ひいき目に見ても、政治家としては修業が足りない。

     私も昔は「菅さんが衆院議員になれば秘書になるのはおれだ」と思っていました。でも、結果が出ないと責任をすぐに「あいつが悪い」と人のせいにする性格が嫌になり、次第に距離を置くようになりました。

     「菅が将来、もし首相になったら日本人を辞める」という仲間が周りに少なくなかったことを、ご存じないでしょう。

     そんなあなたが首相になったのは国民にとっても不幸なことです。首相としての立ち居振る舞い、帝王学を学んだわけでもなく、たまたま自分のバイオリズムと世の中の周波数がかみ合ったからなれただけです。

     大型連休中、まだ多くの被災者が不便な生活を強いられている中であなたが家族水入らずで中華料理店に行ったというニュースがありましたが、出前を取ればいい話です。

     何を言われようと気にしない人だからしようがないけど、国民の生活が菅さんに「人質」に取られているように思えてくる。私だったら、自分の存在が果たして国民のためになっているのかを沈思黙考し、良心の呵責(かしゃく)に耐えかねてすぐにでも首相の座は降りるんですけどね…。

    【プロフィル】田上等

     たがみ・ひとし 昭和25年生まれ、慶大卒。父は民社党の田上松衛参院議員。在学中から市川房枝元参院議員の選挙にかかわり、菅直人首相と知り合う。社会市民連合の創設メンバーの1人で、昭和54年から衆院選などに計5回立候補するもすべて落選。平成3年から15年間、国民健康保険組合で働いたが18年に退職。借金も重ねた結果、約3年前から路上生活を送り、古本集めなどで生計を立てている。離婚した元妻との仲人は菅首相。

    テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
    ジャンル : 政治・経済

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    刈谷瞑考

    Author:刈谷瞑考
    通称天邪鬼。
    以後御見知りおきを。
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    当ブログはコメントは、
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